こちらでは2chの掲示板に掲載された怖い話。
「ヒッチハイク」を、読みやすくして掲載しています。
2ch『ヒッチハイク』の怖い話
これは、今から7年ほど前の話になる。
俺は大学を卒業したが就職も決まっておらず、テストも一夜漬けで何とかするような追い詰められないと動かないタイプだった。
「まぁ…。人生、何とかなるだろう。」
くらいに気楽に自分に言い聞かせて、バイトを続ける毎日だった。
その年の夏、悪友のカズヤ(仮名)と家でダラダラ話してると、なぜか「ヒッチハイクで日本を横断しよう!」と言う話になり、その計画を立てるのに熱中する事に。
この話をする前に、悪友であるカズヤの紹介を簡単に済ませたいと思う。
カズヤも俺と同じ大学で、入学の時期に知り合った。
コイツはとんでもない女好きで、頭と下半身は別と言う典型的なタイプのヤツだ。
ただ、底抜けに明るい奴で裏表も無い。
女関係のトラブルを抱えてたけど、男友達は多かった。
どちらかと言えば陰キャ気質の俺とは正反対の男だったけど、なぜか一番ウマが合ってよく遊んでいた。
ヒッチハイク計画の話に戻そう。
計画と行ってもずさんなモノで、まず北海道まで空路で行って、そこからヒッチハイクで地元の九州に戻ってくる。
そんな簡単な計画だった。
カズヤはというと、
「通った地方で、最低でも1人の女とは合体する!」
と意気込んでいたが、俺もちょっとはそんな期待もしていたわけだけど…。
カズヤは長髪を後ろで束ねていて、バーテンダー風の優男なので、カズヤとナンパに行って、何度か良い思いをした事もあった。
そんなこんなで、バイトの長期休暇申請(俺は別のバイトを探す予定があったから辞めて、カズヤは休暇をもらってた)、北海道までの航空券、巨大なリュックに詰めた着替えや現金を用意して、ヒッチハイク計画から3週間後には飛行機に乗っていた。
札幌に到着して昼食を済ませて、市内を散策。
慣れない飛行機に乗ったせいか、俺は疲れて夕方にはホテルに戻ったけどカズヤは夜の街に消えていった。
その夜カズヤは帰って来なくて、翌朝ホテルのロビーで再開。
ニヤニヤしながら、指でOKマークを作っている。
昨夜は、ナンパした女と上手く行った様だ。
さぁ!いよいよ人生初のヒッチハイクの始まりです!
ヒッチハイクなんか2人とも初めての体験なので、ウキウキしていました。
大体、何日までにここまで行く!なんて綿密な計画は無くて、ただ「行ってくれるとこまで」という大雑把な計画。
ただ、そう簡単に車が止まってくれるわけではなかった。
1時間ほど粘ったけど、一向に止まってくれない。
「昼よりも、夜の方が止まってくれるかなー。」
なんて話していると、ようやく最初の車が止まってくれた。
同じ市内までだったけど、南下するのでいくらか距離を稼げた。
距離が短くても、止まってくれるのは嬉しい。
そして、夜の方が止まってくれやすいのでは?と言う予想は当たっていた。
1番多かったのが、長距離トラックのあんちゃん達。
距離も稼げるし悪い人もいなくて、かなり効率が良かった。
3日目にもなると俺達は慣れたもので、長距離トラックのお兄さん用にタバコ等のお土産、普通車で乗せてくれた人にはアメとかガム等のお菓子と決めてコンビニで事前に用意するまでに。
特に、タバコは凄く喜ばれた。
普通車に乗った時も喋り好きなカズヤのおかげで、常に車内は笑いに満ちていて、女の子3人組の車もあったけど何度か良い思いもさせてもらっていた。
そして4日目には、本州に到達。
段々とコツを掴んできた俺達は、その土地の名物に舌鼓を打ったり、一期一会の出会いを楽しんだりと、精神的にも余裕も出てきていた。
銭湯を見つけてなるべく毎日風呂に入って、2日に1回はネカフェに泊まると決めて出来るだけ節約もしていた。
ヒッチハイクして乗せて貰ったドライバーさんのご好意で家に泊めてもらう事もあったりして、本当にありがたかったなぁ。
しかし、生涯トラウマになるであろう恐怖体験は、出発から約2週間後の甲信地方の山深い田舎で起こったのです。
男友達だけで集まると、いつもカズヤは卑猥な歌を歌いだす。
その夜もカズヤは歌いだした。
その日の夜は、2時間前に寂れた国道沿いのコンビニで降ろしてもらってからというもの、中々車が止まらず夜の蒸し暑さに俺達はグロッキー状態に。
厚さと疲労もあって、俺たちのテンションは変になっていた。
カズヤ
「こんな田舎のコンビニに降ろされて、たまったもんじゃないよな。」
「これならさっきの人に無理言って泊めてもらえば良かったかなぁ。」
さっきまで乗せてくれていたドライバーは、コンビニから車で10分程行った所に家があるらしい。
ただ、どこの家なのか分かるはずもないし、言っても仕方が無い。
そんな話をしてると時刻は、深夜0時を少し過ぎていた。
俺たちは30分交代で、車に手を上げる役とコンビニで涼む役に別れることにした。
コンビニの店長にも事情を説明したら、
「頑張ってね。最悪どうにもならなくなったら、俺が市内まで送ってやるよ」
と言ってくれて、田舎の人の暖さが身に染みた。
それから1時間半くらい過ぎたが、一向に車がつかまらない。
と言うか、そもそも車がほとんど通らない。
カズヤはと言うと、コンビニ店長とかなり意気投合していて、店長の行為に甘えるかぁ…と思っていたその時。
1台のキャンピングカーが、コンビニの駐車場に停車した。
これが、あの忘れられない悪夢の始まりです。
運転席のドアが開いて、年齢は60代くらいかと思われる男がコンビニに入って行った。
男の服装は、カウボーイが被るような広いツバの帽子にスーツと言った奇妙な姿。
俺はその時、丁度コンビニの中に居て、何となーくその男性の様子を見ていた。
買い物カゴを持つと、やたら大量の絆創膏を放り込んでいる。
1.5Lコーラのペットボトルを、2本も投げ入れていた。
その男は会計をしている最中、立ち読みをしている俺の方をじっと凝視していた。
(何となく気持ち悪いな…。)
と思ったので、視線を感じつつも俺は無視して本を読んでいて、やがて男は店を出た。
そろそろ交代の時間になって、カズヤの所に行こうとすると、駐車場で何やらカズヤがさっきの男と話をしている。
「おい!乗せてくれるってよ!」
どうやら、そういう事らしい。
俺は最初この男に何か気持ち悪さを感じていたものの、間近で見ると人の良さそうな普通のおじさんにも見える。
俺は疲労と眠気でほとんど思考停止状態で、
「あー…。アウトドア派だからキャンピングカーに乗って、ああいう帽子なんだな…。」
なんて良く分からない理由で、自分を納得させることに。
そしてキャンピングカーに乗り込んだ時、これはヤバいと直感した
おかしいのだ。
何がと言われても、おかしいからおかしい…。
そうとしか書き様がない。
これは俺の感覚的なものだから、どうにも言葉では説明ができない…。
そして、ドライバーには家族がいた。
もちろんキャンピングカーと言うことで、中に同乗者が居る事は予想はしていたのだが。
- 父…ドライバーで、およそ60代。
- 母…助手席に座っている。見た目は70代くらい。
- 双子の息子…どう見ても40歳は過ぎている。
人間は予想していなかったモノを見ると、一瞬思考が止まる。
まず車内に入って目に飛び込んで来たのは、全く同じギンガムチェックのシャツ、同じスラックスに同じ靴。
同じ髪型(頭頂部ハゲ)、同じ姿勢で座る同じ顔をした双子の中年オッサンだった。
さすがに、それを見たカズヤも絶句。
いや、別にこういう双子が居てもおかしくはない。
おかしくもないし、悪くもないのだが…。
あの異様な雰囲気は、実際その場で目にしてみないと伝えられない。
「早く座って。」と父親に促されて、俺たちはその家族の雰囲気に呑まれるまま車内に腰を下ろした。
まず、俺達は家族に挨拶をして、父親が運転をしながら自分の家族の簡単な説明を始めた。
母が助手席で前を見て座っている時は良く分からなかったが、母も異様な姿をしている。
ウエディングドレスのような真っ白なサマーワンピース。
顔のメイクは、バカ殿かと思うほど白粉(おしろい)をベタ塗りしている。
極めつけは母の名前で、『聖(セント)ジョセフィーヌ』。
ちなみに父は、『聖(セント)ジョージ』と言うらしい。
双子にも言葉を失った。
名前が『赤』と『青』と言うらしいのだ。
赤ら顔のオッサンは『赤』で、ほっぺたに青アザがあるオッサンは『青』。
普通、自分の子供にこんな名前をつけるか?
俺達はこの時点で目配せをして、適当な所で早く降ろしてもらう決意をした。
この家族、間違いなく狂ってる。
主に父と母が話しかけて来て、俺達2人は気もそぞろで適当に答えていた。
双子は一切喋ろうとせずに、全く同じ姿勢、同じペースでコーラのペットボトルを持ってラッパ飲みしている。
ゲップまで同じタイミングで出された時は、一瞬で背筋が凍り、俺達はもう限界だった。
「あの、ありがとうございます。もうこの辺で結構ですので…。」
キャンピングカーが発車して15分も経たないうちに、カズヤが口を開いた。
しかし、父親はしきりに俺達を引きとめようとする。
母親は、
「熊が出るから!今日と明日は!」
と、意味不明な事を言っていた。
俺達は腰を浮かせ、
「本当にもう結構です!」
としきりに訴えるも、父親は「せめて晩餐を食べていけ」と言って、降ろしてくれる気配はない。
深夜の2時にもなろうかと言う時に、晩餐もクソも無いだろと思うのだが…。
双子のオッサン達は相変わらず無口で、今度は棒付きのペロペロキャンディーを舐めている。
「これ、マジでヤバいだろ…。」
と、カズヤが小声で囁いてきた。
俺は相槌を打つ。
ひっきりなしに父親と母親が話しかけてくるので、中々カズヤとも話せない。
1度、父親の言葉が車の音で聞こえなかった時なんか、
「聞こえたのかっ!!!」
と、えらい剣幕で怒鳴られた。
その時、双子のオッサンが同時にケタケタと笑い出し、俺達はいよいよヤバい状況だと確信した。
キャンピングカーが国道を逸れて山道に入ろうとしたので、流石に俺達は立ち上がった。
「すみません!本当にここで。ありがとうございました!」
と運転席に駆け寄った。
父親は延々と「晩餐の用意が出来ているから」と言って聞こうとしない。
母親も「素晴らしく美味しい晩餐だから、是非に。」と引き止める。
俺達は小声で話し合って、いざとなったら逃げる決心をした。
流石に走行中は危ないので、車が止まったら逃げようと。
やがて、キャンピングカーは山道を30分ほど走り、小川がある開けた場所に停車した。
「着いたぞ。」と父親が言う。
その時、キャンピングカーの1番後ろのドア(俺達はトイレだと思っていた)から、
「キャッ!キャッ!」
と、子供の様な笑い声が聞こえた。
まだ誰か乗っていたか!?と、心底ゾッとした。
「マモルもお腹すいたよねぇ…。」と母親が話しかける。
『マモル』というのは、このイカレた家族の中では唯一まともな名前だ。
幼い子供なのだろうか。
すると、今まで無口だった双子のオッサン達が口を揃えて、
「マモルは出したら、だぁ!あぁ!めぇぇえ!!」
と、ハモリながら叫んだ。
「そうね、マモルはお体が弱いからねー。」と母親。
「あーっはっはっはっ!!!!!」といきなり爆笑する父親。
「ヤバい。こいつらヤバい。フルスロットル(カズヤは、イッちゃってる奴や危ない奴を常日頃からそういう隠語で呼んでいた)。」
俺達は、車の外に降りた。
良く見ると、男が川の近くで焚き火をしている。
まだ仲間がいたのか…。と、絶望的な気持ちになった。
異様に背が高くてゴツい。
2m近くはあるだろうか。
父と同じテンガロンハットの様な帽子を被って、スーツと言う異様な出で立ちだ。
帽子を目深に被っているせいで、表情が一切見えない。
焚き火に浮かび上がったキャンピングカーの、フロントに描かれた十字架が異様で不気味だった。
ミッ○ーマウスマーチの口笛を吹きながら、男は大型ナイフで何かを解体している。
毛に覆われた足から見ると、イノシシか野犬か…。
どっちにしろ、そんな得体の知れないモノを食わさせるのは御免だ。
俺達は車が停止したら逃げ出す算段をしていたが、予想外の大男の出現と大型ナイフを見て萎縮してしまった。
「さぁさっ!席に着こうか!」と父親が促す。
大男がナイフを置いて、そばでグツグツと煮えている鍋に味付けをしている様子だった。
「あの…ちょっと小便してきます。」とカズヤ。
逃げようと言う事だろう、俺も行く事にした。
「早くねぇ~!」と母親。
俺達はキャンピングカーの横を通って、森に入り逃げようとした。
その時キャンピングカーの後部窓から、異様におでこが突出し、両目の位置が異様に低く、両手もパンパンに膨れ上がった容姿をした何かが、『バンッ!!!!』と顔と両手を貼り付けて叫んだ。
「まーまぁー!!!!!」
もう限界だった。
俺達は、脱兎の如く森へと逃げ込んだ。
後方では父親と母親が何か叫んでいたが、気にする余裕などない。
「ヤバい。ヤバい。ヤバい。」とカズヤは呟きながら、森の中を走っている。
お互い、何度も何度も転んだ。
「とにかく下って県道に出よう」と、小さなペンライトを片手にがむしゃらに森を下へ下へと走って行った。
でも、俺達の考えが甘かったことを知らされる。
小川のあった広場からだと町の明かりが近くに見えていた気がしたのだが、1時間ほど全力疾走しても一向に明かりが見えてこない。
完全に、森の中で道に迷っている。
足と心臓が悲鳴を上げ、俺達はその場にへたり込んだ。
「あのホラー家族、追ってくると思うか?」とカズヤ。
「まさか、俺達を喰うってわけでもないだろうし、そこは追ってこないだろ…映画じゃあるまいし。ただ…少しおかしい変人一家だろう。最後に見たヤツは、ちょっとチビりそうになったけど…。」
「荷物…どうしよっか。」
「まぁ、金と携帯は持ってたし…。服は残念だけど諦めるか。」
「マジでハンパねぇwww」
「はははっwwwww」
俺達は極限の精神状態だったのか、何故かおかしさが込み上げてきた。
2人で爆笑した後、森の独特のむせ返る様な濃い匂いと周囲が一切見えない暗闇で、一気に現実に戻される。
変態一家から逃げたのは良いが、ここで遭難しては話にならない。
樹海じゃあるまいし、遭難することはないだろうが、万が一の事も頭に思い浮かんだ。
「朝まで待った方が良くない?さっきのババァじゃないけど、熊まではいかなくとも野犬とかいたらヤバいだろ…。」
俺は一刻も早く下りたかったが、真っ暗闇の中をがむしゃらに進んでさっきの川原に戻っても恐ろしいので、腰を下ろせそうな古木に座って休憩する事に。
お互い、あーだこーだと喋っていたが、極限まで張り詰めた緊張と過度なストレスと疲労の為か、お互いに眠気の限界で意識が飛ぶようになってきていた。
『ハッ!』として目が覚めた。
反射的に携帯を見る。
時間は、午前4時。
辺りはうっすらと明るくなって来ている。
横を見ると、カズヤがいない。
一瞬パニックになったが、カズヤは俺の真後ろに立っていた。
「何やってるんだ?」と聞く。
「起きたか…。お前、聞こえないか?」と、木の棒を持って何かを警戒している。
「何が…。」
「シッ!」
遠くの方で微かに音が聞こえた。
あの、口笛だ。
ミッ○ーマウスのマーチ。
CDに吹き込んでも良いくらいの、森の中でも通る美音。
しかし、俺達にとっては恐怖の音以外の何物でもなかった。
「あの大男の…口笛。」
「…だよな。」
「探してるんだよ…俺らを!!」
俺たちは再び、猛ダッシュで森の中へ走って駆けだした。
日が昇ってきて辺りがやや明るくなったせいか、以前よりも周囲が良く見える。
躓いたり枝にぶつかって転ぶ心配が減ったせいか、全力で走ることが出来た。
20分くらい走っただろうか。
少し開けた場所に出て、今は使われていない駐車場の様だった。
街の景色が木々越しに、うっすらと見える。
森を抜けて、だいぶ下ってこれた証拠だろう。
すると、「腹が痛い」とカズヤが言い出した。
我慢が出来ないほどらしい。
古びた駐車場の隅には、古びたトイレがあった。
俺も多少腹が痛いと思いつつ、あの大男がいつ追いついてくるかもしれないので、個室に入る気にはなれなかった。
俺がトイレの外で周囲を監視している間に、カズヤが個室で用を足し始めた。
「紙はあるけどよー…ガビガビで…。えぇ…蚊とか虫が張り付いてるよ…オェ…。無いよりマシだけどよー…。」
カズヤは文句を言いながら、大のほうもし始めた。
「なぁ!誰か泣いてるよな!」
と、個室の中から大声でカズヤが言い出した。
「はぁ?」
「いや、隣の女子トイレだと思うんだが…。女の子が泣いてねぇか?」
カズヤに言われて気が付いたが、確かに聴こえる。
女子トイレの中から、女の泣き声が聞こえてくる。
カズヤも俺も黙り込んだ。
誰かが女子トイレに入っているのか?
何故、泣いているのか?
正直、頭の理解が追い付かなかった。
「なぁ…お前確認してくれよ。段々泣き声酷くなってるだろ…。」
正直言うと、かなり気味が悪かった。
しかし、こんな山奥で女の子が寂れたトイレの個室で1人泣いているなんて事件でしかない。
俺は意を決して女子トイレに入り、泣き声のする個室に向かって声をかけた。
「すみません…。どうかしましたか?」
返事はなく、ただ泣き声だけが聞こえる。
「体調でも悪いんですか?すみません!大丈夫ですか?」
泣き声が徐々に激しくなっていく。
俺の問いかけには、返事が帰ってこない。
その時、駐車場の上に続く道から車の音がした。
「出ろっ!!!」
俺は確信とも言える嫌な予感に襲われて、女子トイレを飛び出し、カズヤの入っていた個室のドアを叩いた。
「何だよ!」
「車が来る音がする!万が一の事もあるから早く出ろ!!」
「わ、分かった!」
数秒経ってから、青ざめた顔でカズヤがジーンズを履きながら出てきたのと同時に、駐車場に入って来るキャンピングカーが見えた。
「最悪だ…。」
今、山を下りる方に飛び出したら確実にあの変態一家の視界に入る。
選択肢としては、唯一死角になっているトイレの裏側に隠れるしかない。
女の子を気遣っている余裕なんかなく、俺達はトイレを出て裏側で息を殺してジッとしていた。
(頼む…止まるなよ…。そのまま行けよ…そのまま…。)
「オイオイ…。見つかったのか…?」
カズヤが早口で呟く。
キャンピングカーのエンジン音が駐車場で止まる。
ドアを開ける音が聞こえて、トイレに向かって来る足音が聞こえてきた。
トイレの裏側はすぐ5m程の崖になっていて、立っているのがやっとの幅だった。
よほど何かがなければ、裏側まで見に来る事はないはず。
もし俺達に気付いて近いづいて来るのであれば、最悪、崖を飛び降りる覚悟だった。
飛び降りても怪我しない程度の崖なので、やれない事はない。
(トイレに来ただけであってくれ…。)
(頼む…。)
俺達は祈るしかなかった。
しかし、一向に女の子の泣き声が止まらない。
あの女の子が、変態一家にどうかされるのではないか?
それが、気が気で仕方なかった。
男子トイレに誰かが入ってきた。
声の様子からすると父親だろう。
「やぁー気持ち良いなー。」
「ハーレルヤッ!ハーレルヤッ!!」
どうやら、小便の方をしている様子だった。
その後すぐに、個室に入る音と足音が複数聞こえた。
双子のオッサンだろうか。
間違いなく、女の子の存在は完全にバレている。
女子トイレに入った母親の「紙が無いっ!!」と言う声も聞こえた。
個室の女の子は、まだ泣きじゃくっている。
……おかしい。
女の子に対して、変態一家の対応が無い。
やがて母親も出て行き、変態一家の話し声が段々遠くなっていく。
この泣き声に、気付かないわけがない。
女の子は、まだ泣きじゃくっている。
俺とカズヤが怪訝な顔をしていると、父親の声が聞こえた。
「~を待つ、もうすぐ来るから。」
と言っていた。
何を待つのかは、よく聞き取れなかった。
どうやら双子のオッサンたちが、グズッている様子。
やがて「パァン!!」と平手打ちの様な乾いた音が聞こえて、恐らく双子のオッサンと思われる泣き声が聞こえてきた。
悪夢だった。
楽しかったはずのヒッチハイクの旅が、なぜこんな事になったのか。
ここまで、あまりにも衝撃的な展開に怯えるだけだったが、急にあの変態一家に対して怒りが込み上げて来た。
「あのキャンピングカーをぶんどって、山を降りる手もあるな。あのジジィどもぶん殴ってでも。」
「大男がいない、今がチャンスじゃないのか?待ってるって、大男の事じゃないのか?」
カズヤが小声で言ってきた。
しかし、俺は向こうが俺達に気が付いてない以上、このまま隠れて奴らが通り過ぎるのを待つほうが得策に思えた。
女の子の事も気になる。
奴らが去ったら、ドアを開けて確かめるつもりだった。
その旨をカズヤに伝えると、しぶしぶ頷く。
それから、15分くらい経った頃。
「××××ちゃん来たよぉ~!(聞き取れない)」
母親の声がした。
待っていた人物が、駐車場に到着したらしい。
何やら談笑している声が聞こえるが、良く聞き取れない。
再びトイレに向かってくる足音が聞こえて来た。
ミッ○ーマウスマーチの口笛。
……アイツだ。
軽快な口笛を吹きながら、大男が小便をしているらしい。
女子トイレの女の子の泣き声が一段と激しくなった。
何故だ…?
どうして、変態一家は誰も気付かない?
やがて泣き叫ぶ声は断末魔の様な絶叫に変わると、ふっ…と消えてしまった。
何かされたのか…?
ついに見つかったのか!?
そう思ったが大男は男子トイレに居るし、他の家族が女子トイレに入った様子も無い。
やがて、口笛と共に大男がトイレから出て行った。
女の子がトイレから連れ出されてはいないかと心配になり、危険を承知で一瞬だけトイレの裏手から俺が顔を覗かせた。
テンガロンハットにスーツ姿、あの大男の歩く背中が見える。
「ここだったよなぁぁぁぁぁああ!!」
急に、大男が叫んだ。
俺は頭を引っ込め、ついに見つかったか!?と思い心臓が急ピッチでバクバクと鼓動を打ち始めた。
カズヤは木の棒を強く握り締めている。
「そうだそうだ!!」
「罪深かったよね!!」
と父と母。
双子のオッサンの笑い声。
「泣き叫んだよなあぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
と大男。
「うんうん!!」
「泣いた泣いた!悔い改めた!ハレルヤ!」
と父と母。
再び、双子のオッサンの笑い声。
何を言っているんだ…?
どうやら、俺達の事ではないらしいが…。
やがてキャンピングカーのエンジン音が聞こえて、車が去っていくころには、辺りはもう完全に明るくなっていた。
変態一家が去ったのを完全に確認してから、俺は女子トイレに飛び込んだ。
全ての個室を開けたが、誰もいない。
鍵も全て壊れていた。
そんな馬鹿な…。
誰もいなはずがない。
後から女子トイレに入ってきたカズヤが、俺の肩を叩いて呟いた。
「なぁ、お前も途中から薄々は気がついてんだろ?」
「女の子なんて、最初からいなかったんだよ。」
2人して幻聴を聴いたとでも言うのだろうか。
確かに、あの変態一家の女の子に対する反応が一切無かった事を考えると、それも頷けるのではあるけれど…。
しかし、あんなに鮮明に聴こえる幻聴などあるのだろうか…。
駐車場から上と下に続く車道があって、そこを下れば確実に国道に出るはずだ。
ただ、それだと再び奴らのキャンピングカーに遭遇する危険性もあるので、あえて森を突っ切る事に。
街はもうそんなに遠くない程度に見えているし、周囲も明るいので迷う可能性もほとんどない。
俺達は無言のまま森を歩いた。
約2時間後、無事に国道に出る事が出来たが、着替えもないし、荷物もない。
頭に思い浮かんだのは、あの親切なコンビニの店長だった。
国道は都会並みではないが、朝になって交通量が増えてきている。
あんな目にあったばかりで、再びヒッチハイクするのは怖かったが、何とかトラックに乗せて貰える事に。
ドライバーは、俺達の汚れた姿に当初困惑していたが、事情を話すと快く乗せてくれた。
事情と言っても、俺達が体験した事をそのまま話しても信じないと思ったので『キャンプ中に山の中で迷った』と言う事にしておいた。
運転手もそのコンビニを知っていて、頻繁に寄るらしい。
約1時間後、俺達は例の店長がいるコンビニに到着した。
店長はキャンピングカーの件を知っているので、そのまま俺達が酷い目にあった事を話したのだが、話してる内に段々と店長は怪訝な顔をし始めた。
「え?キャンピングカー?いや、俺はさぁ!君達があの時、急に店を出て国道沿いを歩いて行くのから止めたんだよ。」
「俺に気を使って、送ってもらうのが悪いから歩いて行ったのかなって。」
「10mくらい追っかけて行ったのに、こっちが話しかけても、君らがあんまり無視するもんだからさ。こっちも正直、気ぃ悪くしちゃってさ。どうしたのさ?」
これは…。一体どういう事なのか。
俺達は確かに、あのキャンピングカーがコンビニに止まって、レジで会計を済ませているのも見ている。
その時に会計をしたのは店長だ。
もう1人のバイトの子もいたが、シフトが終わったのか今はいない様子だった。
店長もあの変態一家とグルか??
そんな不安が頭をよぎる。
「すみません、ちょっとトイレに。」
そう言うと、カズヤが俺をトイレに連れ込む。
「どう思う?」と俺が聞く。
「店長が嘘を言ってるとも思えんが…。万が一あいつらの関係者だとしたら…って事だろ?」
「でも、何でそんな手の込んだ事する必要がある?みんなイカレてるとでも?まぁ、釈然とはしないよな。じゃあ、こうしよう。大事をとって、さっきのトラックの運ちゃんに乗せてもらわないか?」
確かに、それが1番良い方法だろう。
俺達の意見がまとまりトイレを出ようとしたその瞬間、個室のトイレから水を流す音と共に、あのミッ○ーマウスマーチの口笛が聞こえてきた。
周囲の明るさとコンビニの店内ということもあり、恐怖よりもまず怒りがこみ上げて来る。
それは、カズヤも同様だった。
「開けろ!オラァ!!」
ガンガンとドアを叩くカズヤ。
ドアが開く。
「な…なんすか!?」
制服を着た、地元の高校生だった。
「いや…ごめんごめん。ははは…。」
苦笑するカズヤ。
幸い、この騒ぎはトイレの外まで聞こえてはいない様子だった。
男子高校生に謝って、俺達は店長と談笑するドライバーの所へ戻った。
「店長さんに迷惑かけてもアレだし、お兄さん!街までお願いできませんかねっ…これで!」
そう言ってドライバーが吸っていた銘柄のタバコを1カートン、レジに置くカズヤ。
交渉成立だった。
例の変態一家の件で、警察に行こうとは全く思わない。
あまりにも現実離れし過ぎていて、俺達も早く忘れたかった。
リュックに詰めた服が心残りではあったが…。
ドライバーのトラックが、市街の方向へ行くのも幸運だった。
タバコの贈り物で、ドライバーは終始上機嫌。
いつの間にか、安心した俺達は車内で熟睡。
ふと目が覚めると、トラックはパーキングエリアに停車していた。
ドライバーが焼きソバを3人分買ってきてくれて、車内で食べながら車が走り出すと、再び眠りに落ちていくカズヤ。
俺は中々眠れず、窓の外を見ながらあの悪夢の様な出来事を思い返していた。
一体あいつらは何だったのか。
トイレの女の子の泣き声は何だったのか…。
「あっ!!」
俺は思わず、大声を上げていた。
「どうした?」とドライバーのお兄さん。
「止めて下さい!!」
「は?」
「すみません!すぐ済みます!!」
「まさかここで降りるの?まだ市街は先だぞ。」
と、しぶしぶトラックを止めてくれた。
この問答でカズヤも起きたらしい。
「どうした?」
「あれ…見ろよ。」
俺の指差した方を見て、カズヤが絶句した。
朽ち果てたパーキングエリアに、あのキャンピングカーが止まっていた。
間違いない。
色合い、形、フロントに描かれた十字架…。
ただ、何かがおかしい。
その車体は、何十年も経っているかの様にボロボロに朽ち果てていて、全てのタイヤがパンクし、窓ガラスも全て割れていた。
「すみません、5分で戻ります!5分だけ時間下さい!」
そうドライバーに説明し、トラックを路肩に止めてもらったまま、俺達はキャンピングカーへと向かった。
「どういう事だよ…。」とカズヤ。
こっちが聞きたいくらいだった。
近づいて確認したが、間違いなくあの変態一家のキャンピングカーだ。
周囲の明るさや車の通過する音などで安心感はあり、恐怖感よりも「なぜ?」と言う好奇心が勝っていた。
錆付いたドアを引き開け、酷い臭いのする車内を覗き込む。
「オイオイオイオイ!!リュック!!俺らのリュックじゃねぇか!!」
カズヤが叫ぶ。
確かに俺達が車内に置いて逃げたリュックが2つ置いてある。
しかし、車体と同様にまるで何十年も放置されていたかのように、ボロボロに朽ち果てていた。
中身を確認すると、服や日用品も同様に朽ち果てている。
「どういう事だよ…。」
もう1度カズヤが呟いた。
何が何だかわからない。
もう俺の脳は正常な思考が出来なかった。
とにかく、一時も早くこの忌まわしいキャンピングカーから離れたい。
「行こう、行こう。」
カズヤも怯えている。
車内を出ようとしたその時、キャンピングカーの1番奥のドアの向こうで「ガタッ!!!」と音がした。
ドアは閉まっている。
もちろん、開ける勇気はない。
俺達は恐怖で半ばパニックになっていたので、本当に「それ」が聞こえたかどうかは今となっては分からないし、もしかしたら猫の鳴き声だったかもしれない。
でも、確かにそのドアの向こうでこう聞こえた。
「マぁーマ!!」
俺達は叫びながらトラックに戻った。
すると、なぜかドライバーの顔も青ざめている。
無言でトラックを発進させるドライバー。
「何かあったか?」「何かありました?」
俺と同時にドライバーが言葉を発した。
ドライバーは苦笑しながら、
「いや、俺の見間違いかもしれないけどさ…。あの廃車、お前ら以外に誰もいなかったよな?いや、居るわけないんだけどさ…いや、やっぱ良いわ。」
「気になります、言って下さいよ」とカズヤ。
「いやさ…。見えた気がしたんだよ。カウボーイハットって言うのか?日本で言ったら、ボーイスカウトが被るような。それを被った人影が見えた気がして…。それでよ、何故かゾクッとしたその瞬間、俺の耳元で口笛が聴こえてよ…。」
「どんな感じの…口笛ですか?」
「曲名は知らねぇけど、こんな感じでよ(口笛を吹く)…いやいやいや、何でもねぇんだよ!俺も疲れてるのかね。」
運転手は笑っていたが、ドライバーが吹いていた口笛は、ミッ○ーマウスのマーチだった。
30分ほど無言のままトラックは走っていた。
そして市街も近くなったと言う事で、最後にどうしても聞いておきたい事を俺はドライバーに聞いてみた。
「あの、最初に乗せてもらった国道の近くに、山ありますよね?」
「あぁ、あるけどそれが?」
「あそこで昔、何か事件とかあったりしました?」
「事件…??いやぁ、聞かねぇなぁ…。山つっても、3つくらい連なってるからなぁ、あの辺は。」
「あーでも、あの辺の山でかなり昔に、若い女が殺された事件があったとか…それくらいかぁ?あとは、普通にイノシシの被害だな。怖いぜ、野生のイノシシは。」
「女が殺されたところって…。」
「トイレですか?」
カズヤが俺の言葉を遮るように食い気味に入ってきた。
「あぁ…。確かそうだな。何で知ってる?」
市街まで送ってもらった運転手に礼を言い、安心感からかその日はホテルで爆睡した。
その翌日に俺たちは新幹線を乗り継いで、翌々日には地元に到着。
なるべく思い出したくない悪夢の様な出来事でしたが、時々思い出してしまう。
あの狂った変態一家は一体何だったのか?
実在の変態一家なのか?
俺達2人が見た幻なのか?
この世の者ではないのか?
あの山のトイレで確かに聞こえた女の子の泣き叫ぶ声は何だったのか?
ボロボロに朽ち果てたキャンピングカー。
同じように朽ちた俺達のリュックは、一体何を意味するのか?
先日の合コンが上手く行ったのか、カズヤのテンションが上がっている。
たまに遊ぶ悪友との仲は、今でも変わらない。
カズヤの底抜けに明るい性格に、あの悪夢の様な旅の出来事がいくらか気持ち的に助けられた気がする。
30歳にも手が届こうとしている現在、俺達は無事に就職も出来て、普通に暮らしている。
カズヤは、未だにキャンピングカーを見ると駄目らしい。
俺はあのミッ○ーマウスマーチが完全にトラウマになっている。
チャッ!チャッチャー!チャッ!チャッチャッー!チャッチャッチャッチャッチャン♪
先日の合コンので、女性陣の中の1人にこの着信音の子がいて、心臓が縮み上がった。
今でもあの一家、とくに大男の口笛が夢に出てくる事がある。
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